生徒の声Voices

  • 中級クラスH.Tさん

    中級クラスH.Tさん

    トルニージョに通い始めて10年が経ちました。仕事を終えて、教室へ向かう風は心地よくて、階段を降りてドアを開けると、いつも先生とみんながいて。知らないうちにこの場所は、私のセカンドホームとなり、ここでの時間は生活に欠かせないものとなりました。

    「フラメンコ」について語ることは難しいですが、一個人として感じたことや、どのように自分が変化してきたかをお伝えします。

    先日「うず3」の公演が終わり、先生からの2つのアドバイスが、心に残りました。
    一つ目は「モメント(瞬間)」です。フラメンコは瞬時に察知して、その時にしか出せないものを出す。それは二度と再現は出来ないもの。
    大きな舞台では、カンテ(歌い手)、ギター、パルマ(手拍子)、先生、共に踊る仲間、お客様、照明、衣装が織り成す独特の空気があります。その空間で、自分が出したいものを探りながら踊る。それが出せたり出せなかったり、共有できたりできなかったりしますが、その瞬間は二度と戻ることはなく、同じように再現することもできません。だからこそ苦しいし、だからこそ楽しい。
    モメントとは文字通り瞬間であり、仲間との練習の積み重ねや、バックで支えてくれるアーティストの方々との共有が大きな力となって現れます。その瞬間が輝かしく、愛おしく感じられ、また次の目標に向かう力を与えてくれるのです。

    二つ目はフラメンコには神様がいるということです。真摯にフラメンコと向き合うと、フラメンコの神様が見守ってくれ、助けてくれるのです。答えが見つからず試行錯誤を繰り返す。何度やり直しても上手くいかないこともあります。辛くて悲しくて、どうしていいかわからない壁にぶつかることもあります。
    しかし、当日は楽しむことだけを考えて踊る。すると、フラメンコの神様がステージの影からそっとサポートしてくれ、大きな力を与えてくれるのです。フラメンコの神様は、家族、先生、仲間との大切な思い出を踊りの中で蘇らせてくれます。その感情が踊りとして表現されていくのです。

    この2つのことを体現できた今も、学びは尽きることはありません。それもまた幸せであり、ありがたいことです。フラメンコには終わりがありません。だからこそ魅力的であり、多くの人を魅了するのだと思います。少しでも興味がある方、自分に変革を起こしたいと思っている方は、ぜひトルニージョのドアを開けてみてください。一緒にこのモメントとフラメンコの神様を感じられたらと思います。

    トルニージョに通い始めて10年が経ちました。仕事を終えて、教室へ向かう風は心地よくて、階段を降りてドアを開けると、いつも先生とみんながいて。知らないうちにこの場所は、私のセカンドホームとなり、ここでの時間は生活に欠かせないものとなりました。

    「フラメンコ」について語ることは難しいですが、一個人として感じたことや、どのように自分が変化してきたかをお伝えします。

    先日「うず3」の公演が終わり、先生からの2つのアドバイスが、心に残りました。
    一つ目は「モメント(瞬間)」です。フラメンコは瞬時に察知して、その時にしか出せないものを出す。それは二度と再現は出来ないもの。
    大きな舞台では、カンテ(歌い手)、ギター、パルマ(手拍子)、先生、共に踊る仲間、お客様、照明、衣装が織り成す独特の空気があります。その空間で、自分が出したいものを探りながら踊る。それが出せたり出せなかったり、共有できたりできなかったりしますが、その瞬間は二度と戻ることはなく、同じように再現することもできません。だからこそ苦しいし、だからこそ楽しい。
    モメントとは文字通り瞬間であり、仲間との練習の積み重ねや、バックで支えてくれるアーティストの方々との共有が大きな力となって現れます。その瞬間が輝かしく、愛おしく感じられ、また次の目標に向かう力を与えてくれるのです。

    二つ目はフラメンコには神様がいるということです。真摯にフラメンコと向き合うと、フラメンコの神様が見守ってくれ、助けてくれるのです。答えが見つからず試行錯誤を繰り返す。何度やり直しても上手くいかないこともあります。辛くて悲しくて、どうしていいかわからない壁にぶつかることもあります。
    しかし、当日は楽しむことだけを考えて踊る。すると、フラメンコの神様がステージの影からそっとサポートしてくれ、大きな力を与えてくれるのです。フラメンコの神様は、家族、先生、仲間との大切な思い出を踊りの中で蘇らせてくれます。その感情が踊りとして表現されていくのです。

    この2つのことを体現できた今も、学びは尽きることはありません。それもまた幸せであり、ありがたいことです。フラメンコには終わりがありません。だからこそ魅力的であり、多くの人を魅了するのだと思います。少しでも興味がある方、自分に変革を起こしたいと思っている方は、ぜひトルニージョのドアを開けてみてください。一緒にこのモメントとフラメンコの神様を感じられたらと思います。
  • 入門クラスY.Sさん

    入門クラスY.Sさん

    「ここだ!」と思えるスタジオに出会えたことが、本当に幸せです。

    若い頃、ダンスに人生を賭けようとしていた時期がありました。しかし、その道を諦めてからは、さまざまなスタジオに通いながらも、指導の質や教室の雰囲気にどこか違和感を覚え、長く続けられずにいました。ダンスに没頭できないもどかしさを抱えながら過ごしていたある日、トルニージョの発表会を観る機会がありました。幕が開いた瞬間、その圧倒的なパワーに心を奪われ、迷うことなく入会を決めました。

    トルニージョは、先生方の技術もお人柄も素晴らしく、教室全体のレベルと意識の高さに驚かされます。生徒全員が真剣に学びながらも、教室の雰囲気は和やかで、毎回レッスンに通うのが楽しみで仕方ありません。

    そして何より、フラメンコという舞踊に出会えたことが、私にとって大きな喜びでした。これまでさまざまなダンスを学んできましたが、フラメンコを踊ることで初めて、「私はこんなふうに自由で解放的に踊りたかったんだ」と気づいたのです。 まだ始めたばかりですが、この教室ならずっと続けていけると思っています。

    こんなに素敵なスタジオは本当に貴重です。迷っている方がいらしたら、ぜひ一緒に踊りましょう!きっと、これからの毎日がもっと輝くものになりますよ。

    「ここだ!」と思えるスタジオに出会えたことが、本当に幸せです。

    若い頃、ダンスに人生を賭けようとしていた時期がありました。しかし、その道を諦めてからは、さまざまなスタジオに通いながらも、指導の質や教室の雰囲気にどこか違和感を覚え、長く続けられずにいました。ダンスに没頭できないもどかしさを抱えながら過ごしていたある日、トルニージョの発表会を観る機会がありました。幕が開いた瞬間、その圧倒的なパワーに心を奪われ、迷うことなく入会を決めました。

    トルニージョは、先生方の技術もお人柄も素晴らしく、教室全体のレベルと意識の高さに驚かされます。生徒全員が真剣に学びながらも、教室の雰囲気は和やかで、毎回レッスンに通うのが楽しみで仕方ありません。

    そして何より、フラメンコという舞踊に出会えたことが、私にとって大きな喜びでした。これまでさまざまなダンスを学んできましたが、フラメンコを踊ることで初めて、「私はこんなふうに自由で解放的に踊りたかったんだ」と気づいたのです。 まだ始めたばかりですが、この教室ならずっと続けていけると思っています。

    こんなに素敵なスタジオは本当に貴重です。迷っている方がいらしたら、ぜひ一緒に踊りましょう!きっと、これからの毎日がもっと輝くものになりますよ。
  • 2024年度初中級クラスA.Mさん

    2024年度初中級クラスA.Mさん

    「つづきのねこ」という絵本があるのですが、
    失ってしまったものにはきっとつづきがある。というようなお話しです。
    私にとっての続きを探していたときに出会ったのがフラメンコでした。
    フラメンコどころか他の踊りの経験すらなかったので、
    分からないことだらけのままトルニージョに入門して、もうすぐ6年になります。

    いつも驚いて、ワクワクして、胸騒ぎして、
    あっという間で、ずっと夢中で、、、そして今もまだ途中です。
    そこには素晴らしい先生方と年齢差も越えた仲間たちがいて
    日々学び、日々新鮮な変化を感じています。

    もちろん異国からきたフラメンコ。
    少し何かが見えたような気がしたと思ったら、
    新しい壁に阻まれて一気に遠くに感じる。そんな繰り返しです。
    だからこそ探し続けてしまうのかもしれません。

    クラスの中で教わることはたくさんありましたが
    節目節目で大きく実感することは
    美しく踊る。間違えずに踊る。演じること。ではなく、
    フラメンコは今の私自身と心で踊ること。でした。
    自分の強さに気づいた時もあれば、自分の弱さもたくさん見ました。
    1週間の中で、日常を繰り返しながら、並行して毎週フラメンコの日もやってきます。
    日常の中にも息切れしそうな時もありましたが、それでも私にはフラメンコの日が待っていました。

    そんな時は、国も時代も環境も違う遠い歴史の中にいたヒターノたちが踊っていた意味を
    自分にも重ねて、フラメンコが出来るんだから幸せだよね!と力をもらっていました。

    私の「つづきのねこ」は、
    自分が探し続ける限り失くならないフラメンコになりました。

    決してもう若くはないし、上手でもありません。
    だけどフラメンコをしていると自分にワクワクできるんです。
    これからも年を重ねながら変化する自分をフラメンコと共に楽しんでいきたいです。

    「つづきのねこ」という絵本があるのですが、
    失ってしまったものにはきっとつづきがある。というようなお話しです。
    私にとっての続きを探していたときに出会ったのがフラメンコでした。
    フラメンコどころか他の踊りの経験すらなかったので、
    分からないことだらけのままトルニージョに入門して、もうすぐ6年になります。

    いつも驚いて、ワクワクして、胸騒ぎして、
    あっという間で、ずっと夢中で、、、そして今もまだ途中です。
    そこには素晴らしい先生方と年齢差も越えた仲間たちがいて
    日々学び、日々新鮮な変化を感じています。

    もちろん異国からきたフラメンコ。
    少し何かが見えたような気がしたと思ったら、
    新しい壁に阻まれて一気に遠くに感じる。そんな繰り返しです。
    だからこそ探し続けてしまうのかもしれません。

    クラスの中で教わることはたくさんありましたが
    節目節目で大きく実感することは
    美しく踊る。間違えずに踊る。演じること。ではなく、
    フラメンコは今の私自身と心で踊ること。でした。
    自分の強さに気づいた時もあれば、自分の弱さもたくさん見ました。
    1週間の中で、日常を繰り返しながら、並行して毎週フラメンコの日もやってきます。
    日常の中にも息切れしそうな時もありましたが、それでも私にはフラメンコの日が待っていました。

    そんな時は、国も時代も環境も違う遠い歴史の中にいたヒターノたちが踊っていた意味を
    自分にも重ねて、フラメンコが出来るんだから幸せだよね!と力をもらっていました。

    私の「つづきのねこ」は、
    自分が探し続ける限り失くならないフラメンコになりました。

    決してもう若くはないし、上手でもありません。
    だけどフラメンコをしていると自分にワクワクできるんです。
    これからも年を重ねながら変化する自分をフラメンコと共に楽しんでいきたいです。
  • 2024年度入門クラス A.Fさん

    2024年度入門クラス A.Fさん

    その一歩の先にあるもの
    誰しも素敵だな、やってみたいな…と憧れつつ、ただ漠然と踏込めないもの ある気がします。
    私にとってのフラメンコが正に それ でした。
    2年程前のある日、近づき来る還暦を前にやり残しを後悔するのは嫌だ と思い立ち、見学だけでも!が最初の一歩でした。
    今から?フラメンコ…難しすぎでしょ!と娘に呆れられた日から未だほんの数年ですが、とても長かったように感じるのは、それだけ濃く熱い時間が流れていたから に違いありません。
    踊ることに馴染みもなく器用でもない私には当然、出来ない!分からない!覚えられない!の始まりでした(今もですが…)
    この歳になって、こんなに凹む?落込む習い事ってどうなの?
    と毎週思うにも拘らず、なぜだか足が向いてしまうのナゼ?!
    そこには…どうにも抗えない説得力を放つ眩い先生の姿があり、共に上がったり下がったり、悩み、喜び、励まし合う、年齢層広すぎ(下は小学生!)なクラス仲間の笑顔がありました。
    さらには、多くの人の目に触れるステージであってもレベルの壁を作らず挑むよう励ましてくれるトルニージョのスタンス!
    駆け出しの入門クラスを共に取り込み、見事なまでにフォローしながら創り上げていく常に前向きな先輩方のパワー!!!
    一言では表せない 心震える瞬間 が無数にあったのです。
    大人の日常生活の中にも、時に涙するほどに心が動き昂ること、ほんの少しずつでも自分が変われること、それは踏み込んでこそ見られる世界に有ったのだ、と今じわじわ感じています。
    フラメンコにおいて、踏み出すその一歩 の大切さを漸く感じるようになりましたが、先ずは この世界への一歩!を多くの方に出して欲しいと願わずにはいられません。

    その一歩の先にあるもの
    誰しも素敵だな、やってみたいな…と憧れつつ、ただ漠然と踏込めないもの ある気がします。
    私にとってのフラメンコが正に それ でした。
    2年程前のある日、近づき来る還暦を前にやり残しを後悔するのは嫌だ と思い立ち、見学だけでも!が最初の一歩でした。
    今から?フラメンコ…難しすぎでしょ!と娘に呆れられた日から未だほんの数年ですが、とても長かったように感じるのは、それだけ濃く熱い時間が流れていたから に違いありません。
    踊ることに馴染みもなく器用でもない私には当然、出来ない!分からない!覚えられない!の始まりでした(今もですが…)
    この歳になって、こんなに凹む?落込む習い事ってどうなの?
    と毎週思うにも拘らず、なぜだか足が向いてしまうのナゼ?!
    そこには…どうにも抗えない説得力を放つ眩い先生の姿があり、共に上がったり下がったり、悩み、喜び、励まし合う、年齢層広すぎ(下は小学生!)なクラス仲間の笑顔がありました。
    さらには、多くの人の目に触れるステージであってもレベルの壁を作らず挑むよう励ましてくれるトルニージョのスタンス!
    駆け出しの入門クラスを共に取り込み、見事なまでにフォローしながら創り上げていく常に前向きな先輩方のパワー!!!
    一言では表せない 心震える瞬間 が無数にあったのです。
    大人の日常生活の中にも、時に涙するほどに心が動き昂ること、ほんの少しずつでも自分が変われること、それは踏み込んでこそ見られる世界に有ったのだ、と今じわじわ感じています。
    フラメンコにおいて、踏み出すその一歩 の大切さを漸く感じるようになりましたが、先ずは この世界への一歩!を多くの方に出して欲しいと願わずにはいられません。

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